銚子市市議会議員

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銚子市立病院存続のためのたたかい




月刊誌「労働組合」 2010年04月号に掲載されました


トピックス
意図的ともいえる誤った休止理由
市民は何故市立病院を求めたか
市財政悪化は「土建自治体」の実態が原因
 =医療・福祉を軸とした街づくりを目指す取り組みが課題=
「土建自治体」の反省なし、病院再開に向けた市長の取り組み
 「選挙で当選したいためのその場しのぎでない現実性ある提案」と言ったが
「市立病院再生準備機構」と3150万円で委任契約
 =笠井先生の出現=
H22年5月1日診療再開
 =「公設民営」のため診療しない診療所を開設=
この様な「公設民営」は、事業内容が不透明で、財政が無尽蔵に使われる恐れがある



意図的ともいえる誤った休止理由
 「再開のめどのない自治体病院の休止は前例がない」医師不足と診療報酬の改定、新臨床研修制度の導入により、全国の医療崩壊の原因を作った厚生労働省がその様に言うほどの状況でした。年度途中の休止というだけでなく、病院スタッフをはじめ地元医師会や市議会への相談もないまま、「今年(08年)9月末日に休止する」との発表が、病院存続を公約として当選した市長自ら突然の記者会見によってなされました。

 休止の理由について、「残る医師は1人もいない」「病院に予算を垂れ流していては市がつぶれてしまう」と説明しました。しかし、9月30日に強制解雇された常勤医師12名(嘱託医師を加えると14名)のうち、多くに医師が残りたいと表明している事からも、市長の誤った判断であった事が分かります。

 市財政についても、07年度連結決算は約50億円の黒字でした。病院事業も4億1千万円の黒字であったという事から、「約50億円黒字となりましたが、使い道が決まっており、病院のため追加支援できるお金はありません」(市広報)といくら説明されても、市民は納得しませんでした。

 意図的ともいえる誤った休止の判断によって、多くの患者が転院を余儀なくされました。転院後わずか12日で亡くなった人、「迷惑をかけたくないから俺を殺してくれ」と訴えた人、「義母(79歳)が同病院の内科と眼科、精神科に通っていたが、今はそれぞれ別の病院へ連れて行くのが日課」「交通費が高くて他の病院にはかかれないので、今は医者へ行っていない」と訴える人達の無念さは、市民一人ひとりの問題として受け止められ、市長リコールへと発展していきました。

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市民は何故市立病院を求めたか
 銚子市には、45の診療所と2つの総合病院(200床と170床)、2つの民間病院(共に77床)、そして、393床の市立総合病院がありました。小児科や産婦人科も含め、市内にこれだけの医療機関があるのに、何故市立病院存続に市民の思いがこれだけ集中するのでしょうか。

 1つに、銚子市が県下最低の平均寿命で特にガンの死亡率は全国平均の1.3倍、千葉県平均の1.6倍であるからとの指摘があります。利根川の最下流に位置する事から飲料水が問題にされ、漁師町がゆえに塩分の取りすぎが専門家によって指摘されています。しかし、高齢者や低賃金労働者の仲には高度医療が受けられない方や医療費の負担も大きい方も多く、誰もが安心してかかれる市立総合病院は、市民にとって命綱でした。

 2つは、開業医の先生方や市民が市立病院を信頼していた事も大きい要因でした。35名の常勤医師が居り、外科・脳外科があったため、心肺停止状態でも受け入れ可能な救急態勢が万全でした。市民の寄付で病棟のリフォームが行われたり、数千万円単位の寄付、鼻から通す胃カメラや待合室の椅子など、58年間で培われてきた「市民」病院としての信頼がありました。

 3つは、病院が休止した今でも、「市立病院は、金がないと次の日でも良いと言ってくれる。他の病院では怒られ、絶対に診て貰えない」と言う市民がいます。社会的には良い事ではないかもしれませんが、低賃金の市民にとっては本当に助かる事です。福祉を兼ね備えた公立病院の存在が市民を助けてきました。

 4つは、自治体病院は、地域にとって大きな経済効果を生む企業でもありという事です。H18年度の経済効果は約31億円(H22年3月議会執行部答弁)でした。58年間でどれだけの経済効果をもたらしてきたか分かります。市立病院休止によって受ける経済的なダメージは相当なものです。

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市財政悪化は「土建自治体」の実態が原因
=医療・福祉を軸とした街づくりを目指す取り組みが課題=
 市立病院休止の直接的なきっかけは、「市財政の悪化」です。一般会計の規模が218億円(09年度当初予算)の銚子市で、リコールされたO市長と前市長(現在の市長)で、大学誘致の補助金として92億1500万円、保健福祉センター建設で22億3140万円、PFI事業として市立高校新築を含めた大規模事業で90億3600万円(07年8月現在)もの支出をしていました。その結果、一般会計での起債総額と債務負担行為を分子にして分母を標準財政規模で割った「将来債務比率」はH17年度決算で207.4%(150%以下が望ましいとされている、H22年度決算見込みは330%)にもなってしまい、千葉県から「将来債務比率適正化計画」の提出を求めらました。

 この事が、連結決算で50億円の黒字なのに財政調整基金(収入を調整したり急激な税の落ち込みや災害などに備えるため、地方財政方で義務付けられている基金)は600万円台となり、市財政は最悪の状態になった原因です。しかも、小泉改革での地方交付税と臨時財政対策債(地方交付税の不足分の一部をとりあえず臨時財政対策債として地方自治体に借金させ、その返済時に地方交付税として地方自治体に返すというもの)の削減、社会保障費の削減(5年間総枠1兆1千億円)などで大幅に収入が減っているにもかかわらず「ハコモノ」を造り続けたのです。まさに「土建自治体」そのものが「これ以上の資金投入は市財政が破綻する」という状態になりました。

 銚子市は、県下最低の平均寿命とあわせ、「少子高齢化」に直面しています。65歳未満の人口が減っており、単身の高齢者と夫婦だけの高齢者が増えています。その9割が年収200万円以下の生活を強いられています。介護認定者も7年間で2倍になっていて、特別養護老人ホームへの待機者は240名を超えています。これらの現状を思うとき、ハコモノを軸とした「土建自治体」ではなく「医療・福祉を軸とした街づくり」を目指すべきです。その中で、今ある産業を考え検討する政策の転換が必要です。その一つとして、市立病院の役割を明確にし、全国の医療関係者に示す事が必要です。現在、病院再開に向けた取り組みが行われていますが、従来の「土建自治体」の現状を引き継ぎながらの取り組みになっているのが実態です。

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「土建自治体」の反省なし、病院再開に向けた市長の取り組み
「選挙で当選したいためのその場しのぎでない現実性ある提案」と言ったが
 市立病院休止を強行したO市長のリコールは、「病院休止の基を作った前市長が当選した」と多くのジャーナリストが指摘するような結果になってしまいました。当選した前市長(以下市長)も、病院の再会を最大の公約とした事から、「色々な思惑がある」(H22年3月議会)と自ら言いながらも、再開に努力しなければならなくなっているのが現状です。

 市長は、選挙中「当選したいためのその場しのぎでない現実性のある提案」として「全国37箇所の破綻病院の再生を手がけている『地域医療振興協会』と条件について交渉中・応援の約束を頂いている」と訴え選挙を戦いました。市長選挙が終われば直ちに病院再開の動きが出ると思わせる内容でした。

 実際は、「同協会の責任者は、・・銚子の話は全く聞いていないと話す」(H21年5月19日朝日)との報道や、「6月議会の所信表明で『地域医療振興協会との積極的な連携のより、病院再開を実現したい』と表明した。だが自治医大のOBが中心となる地域医療振興協会との協力関係も、決して密なものではなかった」(H21年8月15・22日週間ダイヤモンド)という状況で、いずれも報道機関の取材によって明らかになりなました。

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「市立病院再生準備機構」と3150万円で委任契約
 =笠井先生の出現=
 銚子市は、7月23日市立病院再開について、同機構と半年間3150万円で委任契約を結びました。内容は「銚子市は、リコールで怖い市民との風評がある。高度な専門家集団の力を借りるしかない。東京に事務所を置き有償で医師を集めてもらう。病院開設後の経営にも責任を持ってもらう。目標が達成された場合は報奨金を払う」というものでした。

 市立病院再生準備機構の責任者や事務局長が、市長の特別な友人であったり、東京事務所の事務員が事務局長の奥さんで、二人で約100万円の給料。さらに、半年間で3150万円の契約等々から、「本当に信用してよいのか」との声は強かったが、「病院の再開」には反対できないとの事から議会では承認されました。

 H21年11月30日、神栖済生会病院の名誉院長を務める笠井源吾氏が医師採用の第1号として辞令交付されました。笠井先生は、「26年前、医師・看護師が辞めてしまった病院を5年で黒字にし、17年間で借金を返済した。私の過去の経験や実績を評価していただき、野平市長から、市立病院再生準備機構の一員になって欲しいとお願いがあった。考えた結果微力だがお役に立てればとお引き受けした」と話され、市立病院再生準備機構の働きかけで笠井先生が来たのではない事が明になりました。現在は、もう1人白濱龍興元自衛隊中央病院長が参加されています。

 高額で委任契約をした市立病院再生準備機構が何をやっているのか、市民にも議会にも全く見えません。事項で述べる「医療法人財団銚子市立病院再生機構」という新たな法人を作る提案をしているのに、H22年度も、市立病院再生準備機構と約3000万円で契約を結続行する提案がされています。

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H22年5月1日診療再開
=「公設民営」のため診療しない診療所を開設=
 市長は、「ある程度の規模や二次救急機能を準備した上で再生を望んでいたが、笠井先生の『先ずはスタートさせることを優先し、小さく生んで大きく育てる』と言う方針を受け入れた」として、「公設民営・指定管理者により、5月1日診療再開に取り組んでいる」とH22年3月議会の「市政方針」で明らかにしました。

 「公設民営」による再開としたために、奇妙な方法をとる事になりました。市立病院の再開ですから、指定管理者は医療法人となります。「千葉県の指導でこのようになった」として、引き受けてくれる医療法人を探さないで、新たに「医療法人財団銚子市立病院再生機構」を立ち上げる事になりました。この医療法人は「当初から指定管理者と想定した」という事から、公募を規定している「銚子市の公の施設に係る指定管理者の指定の手続き等に関する条例」に当てはまらない事が明らかとなりました。また、医療実績がないことから市の「保健福祉センター」で診療しない「診療所」を5月1日に設置し、院長は週1回の「常勤」で医療実績を作る事になりました。診療所の院長は、白濱医師が就任する予定ですが、笠井医師は、診療しない「診療所」の設置等に不満を述べているようです。このような実績を作って新たな医療法人の認可を受けようととしています。

 この医療法人は、「5年間で10診療科、常勤医師30名、200床の『完成形』をめざす。5年後に黒字化をはかり、病院の新築も・・・」としていますが、その根拠は全く示されてはいません。更に、新たな医療法人を立ち上げるための出資金3200万円、指定管理者委託料5年間約10億円。設備投資費用として5年間7億5千万円。5年間の赤字補填分として約3億4千万円が必要とし「赤字がこれ以上出れば、別途検討する」としています。しかし、医師確保のプロセスや看護師を初めとした医療スタッフなど、どの様に集める努力をしているか全く分かりません。

 「公設公営」ならば、直ちに市立病院の施設を使って診療を再開できるし、新たな医療法人への出資金や指定管理者委託料は要りません。設備投資費用や赤字補填分も内容を充分に精査できます。同時に、市が責任を持って医療スタッフを集める訳ですから、将来の責任も明確に出来ます。

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この様な「公設民営」は、事業内容が不透明で、財政が無尽蔵に使われる恐れがある
 H22年度は、病院が休止なので一般会計から補填している「病院建設費の起債償還」「長期借入金の返済」「一般負担金(退職金の負担金)」6億6300万円(休止後のH21年度は6億9800万円)を含めた病院会計に約10億円が計上されています。その上に上記の金額を、新たな医療法人は要求しています。「民営化」するという事は、財政の節約が目的のはずです。これでは、財政が無尽蔵に使われる事になってしまいます。

 何故「公設民営」にこだわるのか、市長は「医師が、議会で議員の質問に立つ事は嫌がる。だから公営に医師は集まらない」と議会答弁しています。しかし、銚子市議会で「議員の暴言で院長が・・・」と報道される状況を作ったのは現市長です。従来の銚子市議会は、病院長は出席していません。事務局長が全て議会での答弁は行っていました。それを、無理やり現市長が病院長を議会に参加させました。

 また市長は、「市立病院は40年間で300億円も、一般会計から支出してきた。これが公設公営の結果だし、市財政悪化の原因だ」と議会答弁しています。しかし、市立病院への地方交付税は「S59年から26年間で85億6千万円」、市立病院による経済効果は「H18年度31億円、H19年度24億円」(H22年3月議会)と市執行部は答えています。これを40年間の合計と置き換えると大変な金額となります。

 この様な現状がありながらも、1年半も休止状態の市立病院をまずスタートさせるという事で議会は「公設民営」の議案を認めました。今後は、「5年間で10診療科、常勤医師30名、200床の『完成形』をめざす。5年後に黒字化を」という事に対する責任を持たせていく事が課題です。

 前述したリコール運動は、当初市立病院存続の運動から始まりました。自治労県本部や市立病院労組と市民が一緒になって、署名運動や集会・デモ行進を行ってきました。しかし、病院休止が決定的になり医療従事者180名の強制解雇が行われ、運動がリコールへと進み市長選挙になっていくにしたがって、労働運動とのつながりは全く無くなってしまいました。これからの市立病院再生の闘いは、組織された労働者と市民との共同の闘いがもう一つの課題です。

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