銚子市市議会議員

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銚子市立病院の現状と今後の市民運動について




千葉県地方自治研究センターより原稿依頼があり、執筆しました。

トピックス
[病院休止から再開までの経過]
「小さく産んで大きく育てる」笠井医師の決意
市立病院再生は「街づくり」の理念が必要
「リコール派が3分裂し惨敗」の経験から
先進地に学び、「住民が主体となって健康な街づくりをする」提案
高齢者の現状と介護認定者の実態から考える
地域医療のあり方が議会で議論に








[病院休止から再開までの経過]





06年7月、銚子市長選挙で岡野俊昭前市長が、市立総合病院の存続を公約に当選。

08年7月、岡野市長は記者会見で突然「市財政悪化」を理由に、9月末で市立総合病院の全面休止、事務職員を除き病院職員の整理解雇を発表。

同年7月、「公的医療を守る市民の集い」が開かれ、市民約700人が参加。「病院休止反対署名」を約5万人集約。

同年8月、銚子市議会が、「病院休止関連条例」を賛成13、反対12で可決。

同年10月、「『何とかしよう銚子市政』市民の会」が岡野市長リコール決起集会を開き600人が参加。

同年11月、リコール(解職請求)のための署名活動開始。

09年2月、法定署名の三分の一を超える2万3,405人を集約し、住民投票の実施決定。

同年3月、市長リコールの是非を問う住民投票実施。解職に賛成が過半数を超え市長の失職が決定。

同年5月、出直し市長選挙が行われ、元市長の野平匡邦氏が当選。市長選には6人が立候補。リコール運動を推進したグループから3人が立候補。

10年2月、新市立病院を指定管理者として運営する「医療法人財団 銚子市立病院再生機構」(笠井源吾理事長)が設立総会。

同年5月、銚子市立病院(笠井源吾院長)が1年8ヶ月ぶりに診療を再開。





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「小さく産んで大きく育てる」笠井医師の決意
 「先ずはスタートさせる事を優先し、小さく生んで大きく育てる」。笠井源吾医師の強い決意と提案により、2010年5月1日1年8ヶ月ぶりに市立病院が再開した。

 笠井医師は、利根川を隔てた茨城県神栖市にある神栖済生会病院の名誉院長だった。「自分が役に立てるかもしれない」と「26年前、医師・看護師が辞めてしまった病院を、5年間で黒字にし、17年間で借金を返した」経験から銚子市立病院の再生を心から心配していた。その事を匡邦市長に話した。野平市長から「私の過去の経験や実績を理解していただき、銚子市立病院再生準備機構(準備機構)の一員となって欲しいとお願いがあった。考えた結果、微力だがお役に立てればとお引き受けした」という事で、09年11月30日採用第1号として辞令交付された人である。その後、笠井医師を理事長に医療法人財団銚子市立病院再生機構(再生機構)を立ち上げ、銚子市から指定管理者の指定を受け「公設・民営」で「内科外来」からスタートし現在に至っている。

 市立病院再開に対して、様々な意見が寄せられている。1つは、「再開は歓迎、課題は救急と高齢化医療。1年後を見守りたい」という事に代表される市民の思いである。2つは、「長期間休んでいたから別の病院で診てもらっている、もう来ない。内科だけではダメだ」と言う感想だ。その中で、共通しているのは二次救急病院の必要性である。

 全く別の角度からの意見提起もあった。「病院再生には、医療・福祉・健康づくりを地域全体でどうするかという理念や方向性が必要。休止となった反省を生かさないとうまくいかない」。これは、市立病院再開に対して、読売新聞の取材に応えた城西大学・井関準教授の意見である。この意見は、私が野平市長と度々議論してきた事でもあったので、特に注目した。

 市立病院再開に対して、野平市長は「私としては、病院再生構想の枠組みのもとに、ある程度の診療規模や二次救急機能を準備した上で再生することを望んできましたが・・・市民の願いに応えるためにも、この提案に基づき、早期の開業を目指していく事としました」と説明した。しかし、野平市長が「病院再生構想」を持っていた事や「二次救急機能」を自らの主張として述べた事は一度もなかった。リコール選挙で当選したことから「私が取り組む最優先かつ最大の課題は市立病院の再開です」と言いながら、銚子市には45の診療所、170床を持つ2つの民間総合病院、70床を持つ2つの民間病院がある中で、「何故市立病院が必要なのかと言う意見もある」と指摘していた。ゆえに、「病院の将来像を市長はどの様に考えているのか」「再開に向けて、全国の医師や医療関係者に何を発信して、銚子へ来てもらうのか」等々の質問に対して「再開は市民の要求、市民は二次救急を望んでいる。病院の将来像など全て専門家集団である銚子市立病院再生準備機構に委任している」と説明し、「市民の要求だから再開」と言い続けてきた。銚子市として、市立病院再開に対する理念を示さないまま、「再開構想」は全て銚子市立病院再生準備機構に丸投という状態であった。

 その様な中で、笠井医師+αで「内科外来」からスタートし、6月から「整形外科外来」(月2回診療)と「いびき外来」(月2回診療)が加わり、7月から「禁煙相談外来」が始まった。再開後の患者数は、5月196人、6月295人、7月488人である。


銚子市立病院再生準備機構(準備機構)とは


野平市長が「市立病院再開は超難問」と述べ、高度な専門家集団に「市立病院のあり方と再生までの計画」「医師、看護師、職員の確保」「経営主体の確保」「開設後の経営管理」を昨年8月委任契約(年度内3150万円)し、目標達成の場合「報奨金」を支払うというもの。今年度も契約(約3000万円)を継続したが、医療法人財団銚子市立病院再生機構(再生機構)を立ち上げ、市立病院が再開したとして10年7月準備機構を解散した。

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市立病院再生は「街づくり」の理念が必要

「リコール派が3分裂し惨敗」の経験から

 市立病院休止から市長リコールを、「病院休止は国の政策が最大の原因、だからこそ首長・議員の政策と行政能力が問われる、地方自治それ自体を問う問題だからこそ市民がリコールに立ち上がった」と考えて戦ってきた。リコールは成功した。しかし、続く市長選挙ではリコール派が3つに分裂し、それぞれ市長候補を立て戦う事になり、結果として「病院休止の原因を作った元市長(野平氏)が当選」するという「皮肉な結果」になってしまった。

 「リコール派が3分裂して惨敗」の原因は、第1に、事実上3人の市長経験者(2人立候補、もう1人はI候補の支援)対リコール派(市民の代表)との戦いとなり、従来の利権・しがらみ政治を克服できなかった事。第2に、市民運動の延長として市長選挙が戦われたわけではなく、結果として「革新市政誕生的な運動になっていった」事。第3に、地域医療に対する認識が乏しく、医療政策をもっていなかった事による。

 第3の原因が特に重要と考えている。市立病院休止の理由は「H19年度連結決算は50億円黒字」だが「これ以上の資金投入は市財政が破綻する」であった。これに対して、「市財政悪化の原因は、土建自治体・ハコモノ行政にある」事、「休止は継続よりも莫大な財政負担になる」等々明らかにし戦ってきた。市財政分析からの提起はかなり共感を得た。しかし、市立病院再開に対しては「小さくても早急に再開」「公設公営で」というだけであった。「経験のないリコールで目一杯」だったが、戦ってみて改めて「地域医療に対する認識」が不十分であったことと、と私たちの「医療政策」を持っていなかった事を考えさせられたリコール・市長選挙であった。

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先進地に学び、「住民が主体となって健康な街づくりをする」提案
 何故市立病院再生を「街づくり」と考えたか。それは「地域住民が主体となって健康な街づくりをする」という地域医療の理念を実践している佐久総合病院、岩手県藤沢町立病院、夕張市立診療所等々に学び、改めて銚子市における「高齢者の現状と介護認定者の実態」を分析した事による。以下は、私が勝手に解釈した事で、間違いや失礼があったら許していただきたい。

 「地域の再生・地域医療の再生」「メディコ・ポリス(医療福祉都市)と地域医療」について、佐久総合病院を育てた故若月俊一医師と共に歩んできた宮本健一・滋賀大学名誉教授は、「若月医師は佐久病院において農村医療ひいては地域医療の基本的なあり方を示した」すなわち「医療の基本的なあり方は、病気を治療する以前に住民の健康を保全する事にある」「病気は患者が自ら治すものとして医療を文化活動・教育活動とした」。さらに「在宅医療・介護などを総合した福祉事業と医療を結合させ、保健・医療・福祉・文化・教育こそ地域医療の進むべき道」であると述べ、「地域住民が主体となって健康な街づくりをする構想」である事を「佐久地域の調査から・・・公共事業に依存した『土建自治体』よりも、『医療福祉自治体』の方が所得・雇用などの経済パフォーマンスが高い事を証明した」という経験を述べながら説明している。

 岩手県藤沢町立病院に学んできた。その中で考えさせられた事は、「病気を診るだけの医療では限界」「医療の支えがない保健・福祉がいかに無力か」という事で、町立病院を司令塔に「健康を守る保健」「命を守る医療」「暮らしを守る福祉」が一体的に機能できるように「地域包括医療サービス」を実践している事だった。そして、その目的を「長命(生物学的な延命)と長寿(生きがいや喜びを見つけ、質の高い人生)は違う」「人の手を借りずに生活が出来る『健康寿命』を延ばす事が地域医療の究極の目的」「病気を治す医療に加え病気を予防する医療、その為には、病気を診る医療から暮らしを見る医療への転換が重要」として、具体的に地域包括医療のシステムをつくり実践していた。ここでも、「地域の皆さんに、病院を理解してもらう『地域ナイトスクール』を開催し、情報の共有・対話」を重視し、「地域の住民が主体となって健康な街づくりをする」実践が行われていた。

 この様な視点に立って、「銚子市における高齢者の現状と介護認定者の実態」を調べ、銚子市における地域医療の理念と市立病院の役割を明確にし、全国の医療関係者へ呼びかけることを提案し続けてきた。

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高齢者の現状と介護認定者の実態から考える
 銚子市の医療を考えるに当って、高齢者の現状と介護認定者の実態を調べた。その中で分かった事は、第1に、銚子市民の平均寿命が千葉県下最低であったことだ。平均寿命の平成17年度全国平均は、男性78.5歳(世界第2位)、女性85.5歳(世界第2位)。千葉県は、男性79.0歳(全国18位)、女性85.5歳(全国36位)。銚子市は、男性76.6歳(千葉県56位=最低)、女性84.0歳(千葉県55位)で全国平均よりも低く県下最低である事が分かった。また、平均寿命を下げている主要な4つの死因「ガン・心疾患・脳血管疾患・肺炎」について、人口10万人対死亡数は県・全国平均よりも非常に高いという状況が分かった。特にガンの死亡率は人口10万人対死亡数387.9人(H19年度)で、全国266.7人、千葉県232.2人と比べてダントツに高いという現実である。この事は、事前検診を含めた市民への啓蒙を、医療と行政が一体となって取り組むことの重要性を認識させられる。

 第2に、急激に市の人口が減っている中で、高齢化率は29.03%(H22年)。しかも高齢者の単身世帯・夫婦世帯が急増し同居世帯が減っていることだ。平成12年高齢者単身世帯は1803世帯(総世帯数の7.0%)だったが、平成22年は3638世帯(総世帯数の13.7%)にもなっていて、10年間で約2倍以上増えている事が分かった。高齢者の収入も、年間200万円以上の人は高齢者人口の約1割。年収80万円以下の高齢者がかなり多いのが現実で、これから低収入の高齢者が増える事が予想されている。この事は、市の包括支援を軸とした福祉政策の充実が緊急の課題である事を示している。

 第3に、介護認定者の推移である。平成12年度の介護認定者(要支援1〜要介護度5)は1605人(認定率8.9%)だったが、平成22年度は3044人(認定率14.9%)と約2倍近く増えている。介護認定者の内、特別養護老人ホーム待機者は286名(H22年5月現在)。

 その中で、要介護度3以上の人は160名(認定者の60%)いて、その内50%が在宅介護の状態だ。年々介護認定者が増えているにもかかわらず、介護予防事業に参加している高齢者は高齢者人口の5%。更に、認知症の認定者は高齢者人口の7%にも上り、年々拡大する傾向にある。これらの現状から言える事は、介護事業ではカバーしきれない実態がすでにあり、行政が責任を持って地域包括医療の体制を組むシステム作りが課題となっているという事だ。

 この様に、高齢者の現状と介護認定者の実態から考えた時、行政が責任を持って医療・福祉(介護)政策を軸とした街づくりの理念をしっかり持つ事が求められている。その中で、市立病院の役割を明確にし全国の医療関係者へ訴える事を認識させられる。

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地域医療のあり方が議会で議論に
 佐久総合病院のある長野県に注目してきた。平成17年度長野県の平均寿命は、男性79.86歳(全国1位),女性86.48歳(全国5位)。その中で、「後期高齢者医療費一人当たり医療費の都道府県順位」(平成20年度)を見ると、平成20年度一人当たりの医療費は712,147円で46位(1位は福岡県で1,081,244円)、平成19年度は47位で全国最低。病院数は137病院で東京都(645)の約20%。医師の数も2995.9人で東京都(24030.4人)の約12.4%の状態である。勝手な解釈かもしれないが、高齢者一人当たりの医療費が低いのも、平均寿命が長いのも、医師の数や病院の数だけではないようだ。要は、地域医療に対する理念と実践を、医療と行政が責任を持って市民と一緒につくり上げていく事を示していないだろうか。

 その様に考え、地域医療の先進地に学び、高齢者の現状と介護認定者の実態から市立病院の役割について提案し続けてきた。議会の答弁で野平市長は、「医療と福祉の連携を銚子市においてどうやっていくのか、私もかなり近い感想を持っています」「(高齢化率、平均寿命、ガンによる死亡率等)数字が出てきて、分かりやすく非常に悲しい、重たい数字。これを市政の大きな課題として責任を持ってやっていきたい。市民にも、医師会にも市立病院にも一緒に考えてもらいたい。議会としても、市民の健康、命の状況を充分議論いただきたい」と述べるようになって来た。

 「土建自治体」の典型である銚子市が、6月議会の冒頭「銚子市再生への取り組み」の中で、「私は、全国の医療界・自治体が注目する中で実現した、市立病院のささやかな再生は、銚子発展の大きな一歩と考えています。今後、議会でも取り上げられているメディコ・ポリス(医療福祉都市)構想やコンパクトシティ構想などを銚子市の将来における街づくりの主要なテーマとして見据えながら、市民の方々と意見交換する場を設けたい」と野平市長が挨拶をした。野平市長の言う二つの構想は相矛盾するような提起だが、市立病院再開を通して地域医療のあり方を提案し続け、笠井医師や医療スタッフへの激励を考える体制を検討したいと思っている。

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