銚子市市議会議員

加瀬 庫蔵(かせ くらぞう)の公式サイト

Kurazo Kase Official Web Site

第10回地域医療政策セミナー報告



加瀬くらぞう

 2014年10月21日、東京都市センターホテル「コスモスホール」にて表題のセミナーが「全国自治体病院経営都市議会協議会」の主催で開催された。以下その感想を中心に報告したい。

・市立病院を有している銚子市で事務方の参加がない

 今回の講演テーマは、「激動の時代の病院経営とは」〜これからの経営マネージメントと地域連携を考える〜(済生会神奈川県支部 支部長 正木義博氏)と「志を救われた泣き虫小児科医の一例」〜地域医療再生のヒント〜(兵庫県柏原病院小児科部長 和久洋三氏)である。

 銚子市は、2009年5月市立病院再生機構と指定管理契約をして市立病院を再開したが、来年度以降の経営は「現指定管理者では困難」として、新たに「医療公社」を設立し指定管理契約を結ぶとした。

 何故「現指定管理者では困難」なのか、再開した病院は「どのような医師が来るかによって病院の性格が決まる」との考えで病院経営を行ってきた。公立病院が病院の理念と関係なく医師確保を行った結果、市民の要求とは関係のない診療科の設置や外来患者中心の病院経営等となり、不祥事の連発に加え大幅な赤字経営が続く状態となっている。

 この様な現状での「医療公社」設立なのに、「病院経営」や「地域医療再生」をテーマとした医療セミナーに、病院を担当する事務方の参加がないという事は残念でたまらない。

 そもそも地域医療とは何か、病院経営とは何を基本に据えるものか等々市立病院を有する銚子市が本来持っていなければいけない事だが、あえてそれを持たないで再開したため、「現指定管理者では困難」と言われる病院経営を許してしてしまった事の認識が薄いのかもしれない。もしそうだとすると、「医療公社」による市立病院の再生も、以前に増して厳しいものになると思わざるを得ない。


・激動の時代の病院経営とは

外部環境の厳しい変化を先取り

 済生会神奈川県支部 支部長の正木氏は、「医療を取り巻く外部環境の激しい変化」を先取りする病院経営を目指さないといけないと強調した。そして、組織が目指す「ビジョン」目標を5年毎に、しかも、具体的に示すことが大事であると述べた。常に「病院改革を推し進める」という事である。

 正木氏は、具体的な病院経営について、平成26年度の診療報酬改定により大幅な基準の見直しがある中で「どれほどの病院がついていけるか」として、自治体病院の直近3か年の推移から「自治体病院は黒字が減少している」現実を指摘し、「今後制度改定が考えられること」の中で、「DPC暫定調整係数削減・機能評価係数Uへの移行」「U群要件見直し(地域における機能追加)」、「入院対外来比評価の復活か?」「紹介状を持たない外来患者への負担増(500床以上、5000円?)」「医療の質データ公開施設への評価」を挙げた。

 特に、入院対外来比は1.5倍(入院100人なら外来は150人)でなければ病院経営は成り立たないという事も言われた。

今病院に求められているもの

 色々なデータ―を示しながら具体的に話されたことを「まとめ」として、「今病院の求められているもの」を次のように提起した。

 それぞれの地域においてどのような医療機能で貢献するか、5年ごとの立ち位置を明確にし、その機能を遂行可能にする病院改革を行う事として「これから病院が生き残っていく条件」5つ提起した。

 第1は、経営資源を集中できるか、特に「人」に対して、医師はもちろんコ・メディカルも。

 第2は、地域の信頼を集めることが出来るか、地域医療の発展に貢献する事。

 第3は、質の高い医療を提供できるか、安全に、効率よく、計画性を持って。

 第4は、いかに早く組織改革を行うことが出来るか、制度改革、待遇改善、育成への注力。

 第5は、職員が一丸となりチーム化できるか、一人ひとりがレベルアップを図る。

最後に、私たちが求めるものは

 これが最終的なまとめで、「地域への貢献」「患者さんの喜び」そして、「職員の幸せ」を「みんなで力を合わせて」と結んだ。


・地域医療再生のヒントとは

 兵庫県柏原病院の和久先生は、「講演中、お手元の参考資料には目を通さないでください、渾身のジャグを見落とされます」という事から講演が始まった。そういう事なので、私の感想を中心に報告したい。

 柏原病院は、かつて「医師臨床研修制度」の改正と医師の過重労働によって医師不足に拍車がかかり、特に産婦人科医師が辞めてしまう状態が起こった。それは全国的にも報道されるくらい事態は深刻であった。この時の状況を和久井氏は「平成19年3月まで『住民』という地域医療のもう一人の主語の存在とその底力を知らなかった私は、ふるさとを信じられなくなり絶望しました。ギャップのあまりの大きさに絶望しました。そして、辞表証明」と報告された。

 この事から、柏原病院のある「丹波地区」では丹波新聞に「お産休止の瀬戸際に」「小児科実働『ゼロ』も」と医療崩壊が報道される中で、住民からは「そんなの困る(戸惑い)」「なぜこんなことになったの(疑問・憤り)」「これならどうなるの(不安)」があった。

 この様な中で、丹波新聞の記者の呼びかけで「住民に『気づき』をもたらす新聞報道と座談会」が開かれた。この中で「喘息の子供を病院へ連れて行った時、夜8時、外来患者は30人待ち、深夜2時に先生が『待たせてごめんな』と診察して午前4時入院となった。先生は寝ないで翌日も普段通り診療をこなす。寝てないんだ」、このような実態を市民が知った事から「小児科がなくなったら困る、でも先生のアンナ姿見とったら『辞めんといて』とはよういわん・・・」「私たち住民の側にも責任があるのでは」と署名運動が始まった。

 集めた署名を県庁に提出したが、「県は無い袖は振れなかった」との体験から、母親たちを「子供を守ろう」「お医者さんたちを守ろう」と本気にさせた。その内容は「コンビニ受診を控えよう」「かかりつけ医を持とう」「お医者さんへ感謝の気持ちを伝えよう」という守る会の運動へと発展していった。守る会の効果として、平成16年は44人いた常勤医師が平成20年には20人に減ったが、平成25年には30人になっている事が報告された。

 この運動は、柏原病院の小児科だけを守っているのではなく、日本に医療を守ろうとしている事も報告された。

 地域医療の再生は、本当に大変だ。和久氏の話は1時間半にわたり様々な実例を踏まえて詳しく報告された。この内容を深く研究する必要があると感じた。その様な講演であった。

ページTOPへ